ボッチャは、練習を重ねれば上達する。

そう信じて、私も現場に立ち続けてきました。

けれど、あるとき違和感を覚えました。

練習量は十分にある。

それでも結果が安定しない。

なぜ上手く投球できたのか」「なぜ上手く投球できなかったのか」を説明できない。

指導もまた、どこか感覚的になっていました。

もう少し強く」「少し右へ

その言葉の裏側にある根拠を、十分に言語化できていなかったのです。

私は作業療法士として、

人の身体や動作を“構造”で捉えることを学んできました。

再現できないものは、改善できない。

その視点でボッチャを見つめ直したとき、一つの問いが浮かびました。

ボッチャ指導に、再現性はあるのだろうか。

BOCCIAREは、その問いから始まりました。

これは練習メニューではありません。

再現性を求めた先に見えた、一つの答えです。

違和感の正体──「練習しているのに伸びない」という現実

練習量はあるのに、結果が安定しない

多くの現場で、練習時間は決して少なくありません。

フォームを確認し、距離を変え、何度も投げる。

それでも、試合になると安定しない。

昨日は上手く投球できたのに、今日はできない。

良いボールが続いたかと思えば、急に崩れる。

そのたびに、「調子が悪い」「今日は感覚が違う」と説明してしまう。

けれど本当にそれだけなのでしょうか。

もし成長が偶然に左右されているとしたら、それは努力が足りないのではなく、構造が足りないのかもしれません。

指導が感覚的になってしまう理由

指導の現場では、ついこう声をかけてしまいます。

  • 「もう少し強く」
  • 「少し右を狙って」
  • 「今の感覚を覚えておいて」

どれも間違いではありません。

しかし、それは再現できる言葉でしょうか。

感覚は人によって違います。

同じ言葉でも、受け取る意味は変わります。

説明できない指導は、再現できない成長を生みます。

そして再現できない成長は、やがて自信の揺らぎにつながっていきます。

私はそこに、指導の限界を感じました。

作業療法士として感じた“再現性”の欠如

作業療法士として、私は動作を分解して考える訓練を受けてきました。

  • どの関節が動いているのか。
  • どこで力が抜けているのか。
  • どの順番で動作が組み立てられているのか。

改善するためには、

まず構造を理解する必要があります。

再現できないものは、改善できない。

その当たり前の原則が、ボッチャの指導には十分に持ち込まれていないのではないか。

そう考えたとき、私の中の違和感は確信に変わりました。

練習しているのに伸びないのではない。

構造がないまま練習しているから、伸びにくいのではないか。

BOCCIAREは、この問いから始まりました。

再現性という視点──構造が人を成長させる

上手い人は何をしているのか

上手い選手を見ていると、特別な才能があるように感じることがあります。

けれど、よく観察すると違うことに気づきます。

  • 投球のたびに、大きく崩れない。
  • 狙いが明確で、修正が早い。
  • 失敗しても、次に何を変えるべきか分かっている。

それは感覚だけに頼っていないからです。

上手い人は、無意識のうちに自分の投球を分解しています。

  • どの姿勢で構え、
  • どの軌道で腕を振り、
  • どの強さでリリースするのか。

感覚を、構造として理解している。

だから再現できる。

だから安定する。

成長には段階が必要である

一気に上手くなろうとすると、人は大きな変化を求めてしまいます。

  • フォームを丸ごと変える。
  • 力の入れ方を一度に修正する。

しかし動作の学習は、そんなに急激には進みません。

  • 小さな変化を積み重ねること。
  • 一つずつ、できることを増やすこと。

そのためには、段階が必要です。

  • いま何を練習しているのか。
  • 次に何へ進むのか。
  • どこまでできれば次のステップに行けるのか。

成長が見えると、人は前に進めます。

段階は、努力を意味のあるものに変える装置です。

構造化することで生まれる「自信」

再現性があるということは、偶然に頼らないということです。

今日はたまたま上手くいった」ではなく、

この条件なら上手く投球できる」と言える状態。

それは選手の自信につながります。

そして同時に、指導者の迷いも減らします。

  • なぜ上手くいったのか。
  • なぜ上手くいかなかったのか。

説明できる指導は、安心感を生みます。

構造は冷たい理論ではありません。

むしろ、人を支える土台です。

再現性を持つことは、安定を生み、安定は挑戦を可能にします。

その循環をつくりたい。

それが、BOCCIAREの出発点でした。

BOCCIAREという答え──50の挑戦に込めた意味

なぜ「50」なのか

BOCCIAREを形にするうえで、私が最も考えたのは「段階」でした。

上達には順序がある。

しかしその順序は、曖昧なまま扱われがちです。

基礎と言いながら、実際には何をどこまでできればよいのかが明確でない。

そこで私は、投球という動作を分解し、一つひとつを整理していきました。

姿勢、視線、リリース、力加減、距離感。

それらを段階として並べたとき、必要な挑戦の数が見えてきました。

50という数字は、多すぎず、少なすぎない。

一つずつ積み重ねることで、

無理なく構造を身につけられる数です。

BOCCIAREが目指す指導のかたち

BOCCIAREは、練習メニューの集まりではありません。

今日はこれをやりましょう」という提案ではなく、「なぜそれをやるのか」が分かる設計です。

  • どの段階にいるのか。
  • 何ができていて、何がまだなのか。
  • 次はどこを整えるべきなのか。

感覚に頼るのではなく、構造に沿って進んでいく。

それは、指導者にとっても安心できる道筋になります。

再現できる練習は、再現できる成長につながる。

私はその循環を、現場に届けたいと思いました。

必要な人に届けばいいという想い

BOCCIAREは、すべての人に必要なものではないかもしれません。

感覚だけで十分に結果を出せる人もいるでしょう。

けれどもし、

  • なぜ上手く投球できたのかを説明したい
  • なぜ上手く投球できなかったのかを整理したい
  • 指導に再現性を持たせたい

そう感じている人がいるなら、このプログラムはきっと役に立ちます。

私は、ボッチャの未来が偶然ではなく、積み重ねで育っていくことを願っています。

BOCCIAREは、そのための一つの提案です。

再現性を求めた先にあった答えは、特別な方法ではありませんでした。

構造をつくること。

そして、段階を大切にすること。

それだけです。

まとめ

ボッチャは、繊細で奥深いスポーツです。

だからこそ、その成長はときに偶然に見えます。

けれど本当は、偶然のように見える一投の裏側にも、必ず積み重ねがあります。

  • なぜ上手く投球できたのか。
  • なぜ上手く投球できなかったのか。

それを言葉にできること。

構造として整理できること。

そこに再現性が生まれ、再現性はやがて自信へと変わっていきます。

BOCCIAREは、特別な才能を育てるものではありません。

構造を整え、段階を踏み、誰もが積み重ねられる道筋を示すためのものです。

もし今、指導や練習の中に小さな違和感を感じているなら、その問いを大切にしてほしいと思います。

再現性を求めることは、遠回りのようでいて、もっとも確かな近道かもしれません。

BOCCIAREは、その一つの答えです。

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KOJ
・ブログ管理者 ・作業療法士 ・ボッチャのコーチ ・アニメ好き ・女の子と男の子の二児の親 ・BOCCIARE制作者